東京高等裁判所 昭和34年(ラ)291号 決定 1960年2月19日
抗告人 和泉工業株式会社
主文
本件抗告を棄却する。
理由
一、抗告の趣旨及び理由、別紙記載のとおり。
二、当裁判所の判断。
抗告人の主張によれば、債務者斎藤寿作及び第三債務者佐藤作治は共同鉱業権者であるところ、鉱業法第四十四条第五項の規定により、共同鉱業権者は組合契約をしたものとみなされるので、共同鉱業権は組合財産となるものである。この組合財産は、組合員の共有ではあるが、それは単純な共有財産とは性質を異にし、各組合員の他の個人財産とは区別せられ、第一次的には組合債務の共同担保として差押えられ執行されるけれども、組合が存続する限り、組合に対する債権者でない単なる組合員個人に対する債権者がその債権に基いて組合財産そのものに対し差押をなし強制執行をなすことは、他の組合員の権利を害することになるので許されない。なお、組合契約に基く組合員の契約上の権利が財産上の価値あるものとして強制執行の目的となることは否定できないけれども、この組合員の組合契約上の権利は、組合財産とも、又組合財産を構成する個々の財産権の上に組合員の有する持分とも観念上区別せらるべきものであり、本件仮差押の申立が右のような組合契約上の権利の仮差押を求めるものでないことは、その申立の趣旨自体によつて明らかである。なお、組合財産を構成する個々の財産権の上に組合員の有する持分も、組合財産から分離されない限り、組合員個人に対する個人債権のための強制執行の対象とすることはできない。これを組合財産から分離して処分するためには他の組合員全員の同意を必要とするのであるが、共同鉱業権者の場合は、鉱業権が共有となつている限り、何人が共有者となつても共同鉱業権者は組合契約を締結したものと鉱業法上擬制されるのであるから、共同鉱業権者は、たとえ他の組合員の同意があつてもその持分を組合財産から分離して組合契約と無関係の単純な共有持分となす途はなく、僅に組合員の合意により新たに第三者を共同鉱業権者として組合に加入させることにより共同鉱業権の権利者となす途があるに過ぎない。しかもこのように第三者を組合に加入させることを強制執行を以て強制することのできないことは、対人的信頼関係の上に立つ組合契約の性質上明らかである。従つて本件ではいずれの観点から考えても共同鉱業権又はその持分につき、共同鉱業権者の一人に対する個人的債権者に過ぎない抗告人が、強制執行をすることは許されないものといわなければならない。抗告理由二、三は、組合債権者でない単なる組合員個人に対する債権者に過ぎない者でも、当然組合財産に対して差押ができるとの前提に立つもののようであるが、以上の次第でその見解は採用できない。
なお抗告人は、抗告理由四において、第三債務者は仮差押後でも脱退、持分譲渡又は仮差押債権額の供託もしくは弁済をなす途があるから差支ないと述べているけれども、第三債務者がそのようなことをしなければその利益を保全することができないということは、これまた第三者が害されるということの内容となるのであつて、抗告人の右主張は当らない。又、抗告人は、抗告理由三、四において、抗告の趣旨記載のような仮差押の登録の嘱託があれば、登録機関はこれを受理するはずであるというけれども、それは裁判所が申請を理由ありと認めてこれを認容した上そのような嘱託をした場合のことであり、かような場合には、鉱業権の登録機関は裁判所による登録嘱託の内容の当否いかんを審査する実質的審査権がないため右嘱託に応じて登録をしなければならないからであつて、本件においては、登録が受理されるかどうかの技術上の点が問題となつているのではなく、登録嘱託の前提となる抗告人の仮差押申請の当否が問題となつているのであるから、抗告人の右主張もまた失当である。
以上の次第で抗告人の主張はいずれも採用することができず、記録を精査しても、原決定中抗告人の仮差押申立を棄却した部分については、これを取消すに足るべき違法の点がないので、本件抗告を棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 川喜多正時 小沢文雄 位野木益雄)
抗告の趣旨
原決定を取消す。
債権者の債務者に対する別紙目録第一記載の債権の執行を保全するため債務者等所有の別紙目録第二記載の共同鉱業権は仮りに差押える。
債務者は前記債権額を供託するときはこの決定の執行停止又はその執行処分の取消しを求めることが出来る。
との御裁判を求める。
抗告の理由
一、抗告人は、東京地方裁判所に採掘権の共同鉱業権の仮差押につき、共同鉱業権者一人に対する債権斎藤寿作に対する債権につき、仙台通商産業局登録番号採掘権(元試登第壱七六弐六号)第七六四号の仮差押の申請をした処、東京地方裁判所は右鉱業権の斎藤寿作の持分弐分の壱につき仮差押の決定をした鉱業原簿に登録の嘱託は鉱業権の不可分性に基いて登録は出来ないとして却下をしたことは別紙決定書記載の通りである。
二、仮差押命令の登録の嘱託が鉱業法同登録令により鉱業権の分割性が認めていないので出来ないとの決定であるが、登録が出来ないと仮差押を第三者に主張することは出来ない。対抗することは出来ないから、債権者の権利を侵害される恐れがあるから登録の嘱託すべきものであるから、原決定は一部を却下したのは失当である。
三、登録の嘱託につき、債権者、債務者、他の共同鉱業権者の一人を第三債務者として表示して、嘱託するときは仙台通商産業局は登録の嘱託を受理するとの事であつた。債権者は持分の仮差押を申請して東京地方裁判所昭和三十四年(ヨ)第八七六号で採掘権仮差押命令と嘱託書を仙台通商産業局に書類を提出したとき、同局の受附係が前記の申出をして登録令第二十四条の規定に反するとして却下したものである。若し仮差押の登録が出来ないと競売手続による差押の登録も不可能である。強制競売は出来ないことになる。共同鉱業権も財産権であることは法規の定める処である。財産権であるから競売することは出来ることは民事訴訟法の規定するところである。原決定は誤りである。
四、第三債務者との表示は鉱業法が不可分性に基き債務者でないが利害関係がある。債務者でないから第三債務者と表示するのである。第三債務者に債務がないから、同人所有の鉱業権の仮差押は失当であるとの事であるが鉱業権の不可分性に基く仮差押であるので仮差押の登録を受けても差押を受けて競売する迄には、脱退、持分の譲渡、或は譲渡等の手続により第三債務者の権利は保護出来るものであるから、第三債務者に迷惑はかからないような手続は出来る。第三債務者が債権者の請求債権額を供託したり、弁済して登録を抹消して自己の権利の主張が出来るから差支はない。共同鉱業権者の一名の債務につき、鉱業権全部に対して行う差押の登録の嘱託は受理するという電報がある。明治四二年三月六日電報
法律学全集鉱業法二二一頁参照。原決定は右回答?に反するものであるから、原決定を変更して仮差押の登録の嘱託書を仙台通商産業局に発送して登録の嘱託すべきものである。
五、以上の次第であるので、原決定は鉱業権の不可分性により、登録の嘱託は出来ないとの事であるが、登録の嘱託が出来なければ仮差押、差押の手続をしても債権者の権利の保護は出来ないことは全く失当である。鉱業権の競売は不動産の競売に準じてすることになつている。嘱託すべき方法は債権者の主張のような手続をすべきものであるから、原決定は変更さるべきものである。
別紙目録第一 請求債権
債権者の債務者に対する左記約束手形に基く手形金請求権金弐百五拾九万八千六百円の内金弐百万円也
記
額面 金弐百五拾九万八千六百円也
支払期日 昭和三十四年二月十日
支払地 東京都中央区
支払場所 株式会社三井銀行新橋支店
振出地 東京都文京区
振出日 昭和三十三年十一月七日
振出人 株式会社宮田商会、及び債務者
受取人 債権者
別紙目録第二 採掘権
仙台通商産業局
採掘権登録番号第七六四号(元試登第壱七六弐六号)
秋田県由利郡鳥海村
山形県最上郡真室川町地内
金銀鉛 亜鉛鉱 石こう
面積 八千五百九拾弐アール
但し、右は債務者と第三債務者との共同鉱業権である。